現在開催中の黒石美奈子展「Umwelt-それぞれの世界-」。
「Umwelt(環世界)」をテーマに、銅版画を軸とした多彩な表現を通して、「見えている世界」と「見ることのできない世界」を描き出しています。
本インタビューでは、展覧会タイトルに込められた思いや制作の背景をはじめ、作品に通底するテーマ、そして銅版画という技法への向き合い方についてお話を伺いました。
黒石美奈子
銅版画家
山形県生まれ
2002 女子美術大学短期大学部 卒業
2004 武蔵野美術学園メディア表現科版画コース研究課程 修了
「トーキョーワンダーウォール公募2016」 審査員(鴻池朋子)賞、 「第7回 山本鼎版画大賞展」 優秀賞、 「IAG AWARDS 2025」 裏小樽モンパルナス特別賞など、受賞多数。
Ⅰ. 展覧会について
今回の個展タイトル「Umwelt-それぞれの世界-」には、どのような思いを込めていますか。
色々な生き物の感覚や知覚がレイヤーのように重なり合う世界の中で、自分自身もまたその一部として存在している、という思いを込めました。
「Umwelt(環世界)」という概念に出会った経緯を教えてください。
短大生の頃、イラストの面白さに惹かれて偶然ユクスキュルの著作を手に取ったのが最初です。のちに五十嵐大介さんの漫画『ウムヴェルト』を読んだ際、「環世界だ!」と嬉しさを覚えたのを記憶しています。
黒石さんにとって、「見ることのできない世界」とはどのようなものですか。また、作品に登場する生き物たちは、どのような存在として描かれているのでしょうか。
「見ることのできない世界」とは、「他者が持つ世界」のことだと考えています。私から見えている世界と、他者から見えている世界は全くの別物で、作品に登場する生き物たちも、身近な「誰か」なのだと思って描いています。
今回展示される作品群の中で、ご自身が特に印象深く感じている作品やシリーズがあれば教えてください。
今回は数年分の作品をまとまった形で展示しているのですが、改めて見返すと「行進している作品」が多いことに気づきました。私自身の中にも、彼らと一緒に行進したいという願望があるのかもしれません。
Ⅱ. 制作について
銅版画という技法に惹かれた理由を教えてください。
黒インクの美しさと、一色だけで作品が成立するところに深く惹かれています。
制作のアイデアは、日常のどのようなところから生まれることが多いですか。
仕事で様々な場所へ赴く機会があるのですが、そこで出会った物事や、目にした風景が制作のアイデアになることが多いです。
画面構成を考える際に意識していることはありますか。
鑑賞してくださる方が作品と対峙したとき、どのような見どころを作れるかを常に意識して画面を構成しています。
今回は羊皮紙に刷られた作品も展示されています。羊皮紙を用いたきっかけを教えてください。
手製本を学んでいるのですが、その過程で中世の本に羊皮紙で作られたものがあることを知りました。版画が刷られた羊皮紙もあり、自分の作品でも表現してみたいと思ったのがきっかけです。
羊皮紙ならではの魅力や、難しさはどのような点にありますか。
一枚ごとに異なる色合いや、毛穴・血筋の跡といった生きた証が模様のように現れる点に、強い魅力を感じています。ただ、水分量の調整などが一枚ずつ異なるため、思い通りに刷り上げるのが非常に難しい素材でもあります。
コラージュの作品は、どのようにして生まれたのでしょうか? また、どのように制作していますか?
制作の過程で生まれる「試し刷り」の版画を、捨てずにずっと保管していました。この版画を作品として活かしたい、と思ったのがコラージュを始めたきっかけです。パーツを切り貼りし、画面上で引き算や足し算を繰り返すことで、思いがけない構図の再発見に繋がっています。
「銅版画」「コラージュ」「羊皮紙に刷る銅版画」と様々なアプローチがありますが、黒石さんの中でこれらにはどのような違いがあるのでしょうか。
それぞれ技法は異なりますが、「こういう作品を作りたい」という明確なゴールがあるため、大きな違いは感じていません。むしろ、それぞれの技法や、羊皮紙などの支持体のマチエール(質感)に助けられていると感じます。
版を制作する際、特に意識している工程はありますか。
エディション(複数枚を刷る際)を重ねても印刷時にブレが出ないよう、「強い版」を作ることを常に意識して制作しています。
銅版画では、思いがけない仕上がりになることもあると聞いたことがあります。制作中はどの程度コントロールし、どの程度偶然性を受け入れていますか。
偶然の要素によって作品が良くなることも、あるいはその逆も、版画の世界ではよくあることなので、あまり気にしていません。ただ、その偶然が「必然」になるよう、日頃からデータは取るようにしています。
一つの作品を完成させるまでに、どのような試行錯誤がありますか。
何度も試し刷りを行って、完成形へと近づけていきます。データを取りつつ、新しい方法を試すなど、試行錯誤を繰り返しています。
Ⅲ. その他
これまでの制作活動の中で、現在の表現につながる転機になった出来事はありますか。
当時趣味だった編み物など、自分の「好きな物」を銅版画のモチーフにしたことがきっかけです。それを機に、制作に対する考えが自由になったことを覚えています。
影響を受けた作家や作品を教えてください。
オディロン・ルドン、エドワード・ゴーリー、日和崎尊夫
今後取り組んでみたいテーマや表現があれば教えてください。
「Umwelt(環世界)」というテーマは、これからも一貫して続けていきたいです。今後は、空間を使った表現へと広げていけたらと思っています。